ひま太郎物語

山と食と文化を巡って旅をします

田歌舎さんにて狩猟解体体験やってみた~狩猟編2~ 〈京都・美山〉

「立間(たつま)」を目指して獣道をよじ登る―

(「立間」とは、「待ち」が待機する場所のこと)

 腐っていないことを確認して、右手を枝に伸ばす。左手は大地に力強く這う根に乗せて、よいしょっ、と体を持ち上げる。一歩。ふう、と行く先を見上げて呼吸のリズムを整える。さっきまでガチガチ震えていたのに、今度は額に汗が伝う。これこれ、この感じ。余計な思考が入る隙もない。あるのはただ、自分の脈打つ心臓の音と熱を帯びた白い息だけ。

 もし、これが1人だったら、私が猟師だったら、どんな感じだろうか。これから現れるかもしれない鹿の美しい姿を思い描いては、運命を分かつこの手に汗がにじむだろう。冷静さを保つように、銃の冷たい表面に触れては湧き立つ何かに武者震いし、思わず笑みがこぼれてしまうかもしれない。

 友人たちも、慣れない獣道に苦戦しつつ必死について来ている。無論、これは登山とは全くの別物なので私もこんなのは初めてだ。まるで壁のような山肌を土にまみれながら上へ上へとよじ登る。以前、地図とコンパスだけで登って降りる藪漕ぎ(登山道から外れ、茂みの中をかき分けて進むこと)をしたこともあったが、それ以上の急斜面だ。

 

 尾根のところまで来た。両手を腰に当てて深く息を吸う。視界が開けて、清々しさが頬を優しくなでて通り過ぎる。猟師さんが等高線とGPSを確認する。猟犬にはGPSが付けられていて、その軌跡を見て今どのような状況かを把握するようだ。無線でも猟師さん同士で情報を共有しつつ判断する。

「うん…、もう少し行こうか。」なだらかな稜線の上を踏み分ける。と、その時。

ドーン・・ドーン、ドーン。

 左の谷底から響き渡る3発の銃声。「「あ。」」

「今の、」と後ろにいた友人と顔を見合わせる。

「どうかな、やったかな。」と落ち着いた声でつぶやきながら、猟師さんがGPS地図の画面を見せてくれる。これね、今こういう風に動いてるでしょ。今追ってるのは軌跡から見てメスかな。多分川に降りてくると思うよ。もう一頭、こっちにも来るかもね…。もう少し進んでもいい?

 猟師さんの目の奥が光る。『獲りたい、鹿を。』殺気?いや、もっと違うもの、好奇心。欲しいんだろう、魅了されているんだろう、シカに近づきたいんだろう、シカが好きなんだろう。
 

 獲れるところに出会えるかどうかは運だからね、と何度か念押しされた言葉はなぜか刺さらなくて、今日はきっとすごいものが見られる、そんな気がしていた。